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命名言霊学協会

天皇陛下の稲刈り

共同通信ニュースで次の記事が配信されていました。

天皇陛下は皇居内の生物学研究所脇にある
水田で恒例の稲刈りをされた。
陛下は軽装で水田に入り、春に自ら種もみをまき、
田植えをした稲を鎌で1株ずつ刈り取った。

もち米のマンゲツモチとうるち米のニホンマサリの稲穂が、
約240平方メートルの水田を黄金色に染めた。
この日陛下はマンゲツモチ20株を収穫。宮内庁によると、後日刈り取る
ニホンマサリとともに、今年の作柄は平年並みからやや良という。

陛下は農作業を伝承するため、昭和天皇から田植えや稲刈りを引き継ぎ、
さらに種もみまきも始めた。米は11月の新嘗祭などの神事に使われる。 

天皇陛下は春に自ら種もみをまき、田植えをして育てた稲を
秋になったら稲刈りをされます。

刈り取りされた稲は11月の新嘗祭などで使われます。

私は天皇陛下が自ら種もみをまかれ、田植えをされ
そして稲刈りをされることと知ったときに感銘を受けました。

「は」のことだまの説明の時に「働く(はたらく)」話をします。
欧米人と日本人の労働間の違いについての説明です。

日本人の一つの理想に「一生現役」があります。
できれば一生涯できる仕事を持つことです。

欧米人の一つの理想が「リタイア生活」です。
お金に困らない環境を作ってあとは好きなことをして
暮らすことです。

この二つの労働間の違いはお互いの思想や文化の違いから
生まれてきているものです。

思想や文化の違いを知るためのヒントが「聖書」と「古事記」になります。

聖書の中には「エデンの園(理想の生き方)」の記述があります。
アダムとイブは地上の楽園(エデンの園)でどのような暮らしをしていたでしょうか?

アダムとイブは起きたいときに起きて、眠りたいときに眠る
昼や二人で語り合い楽しく遊ぶ生活です。
おなかが空けば近くの果実でおなかを満たす。
楽しく遊んで暮らすことが理想の生き方だったのです。

アダムとイブの二人は神様との約束を破ります。
禁断の実を食べてはいけないという約束を破りエデンの園を
追い出されることとなります。

楽園を失ったことから失楽園という表現がでてきたわけです。

楽園を失ったあとに何が始まったのか?

アダムとイブは汗水流して地を耕すことになりました。
罪のつぐないが労働になったわけです。

日本人でしたら汗水流して働くことは貴重な大事なことですが
聖書では汗水流して働くことは奴隷と同じ意味だったのです。

労働からの解放が「リタイア生活」だったのです。

労働を否定的に見ていることが聖書から読み解けます。

反対に古事記には高天原(たかまがはら)というエデンの園と
同じような神々が住む理想の環境が書かれてあります。

そこに住む神様は何をしていたでしょうか?

男の神様は田を耕し、女の神様は機を織っていました。
つまり神様自らが働いていたわけです。

聖書では遊ぶことの大事さ
古事記では働くことの大事さ

人生は遊びと働く、この二つが大事であることを教えています。

日本人はどちらかといえば遊ぶ大事さよりも
働く大事さに重きを置いてきたと言えます。

神様自らが働いていた、古事記はそう伝えます。

そしてそれを実際に表しているのが天皇陛下ではないかと
陛下の田植え、稲刈りを通して思うのです。

日本人は自らが働くことをとても大事にしていきました。

働くは「はたを楽する」(周りを楽しくする)と言われています。
私たち日本人にとっての労働は強制労働ではなく
自らが働くことで周りに役に立つことと思っています。

遊びを楽しむとは自分を楽しむ。
働くことを大事にするのは周りを楽しませる。

こう見てもいいのではないかと思います。

人の役に立ちたい
これが日本人の労働観の基本にあるものと思います。

あと「働く」という言葉は「国字」です。
国字とは日本で作られて文字のことです。
働くは漢字ではありません。
中国には働くという概念がなかったのです。
なので働くという漢字が作られなかったのです。

日本人が「はたらく」ことの大事さを
働くという国字で表したのだと思うと
日本人の労働観をきちんと見ていくことが
大事であると「は」のことだまを通して感じています。

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